コロナの影響でガラガラの成田空港から、ぼーっと外に置かれている3つくらいの飛行機を眺めていた。
ベンチに腰をかけていた僕の手にはカナダ行きのチケットが握られていた。手汗でヨレヨレしている部分もあった。
飛行機を見るのに飽きたら、カナダドルのお札を手で触ってシワを伸ばしてみたり、デザインをじーっと見たりしていた。
友達がいなかったから、誰も見送りをしにこなかったけどむしろそっちの方がこれからのカナダ生活を生き抜くための心の準備をゆっくり出来たから良かったし、
空港は本当にスッカラカンだったから、出発前に焦ったり、旅行気分で浮かれている奴らの顔やエネルギーを浴びないから良かった。
僕は観光をしに行くのではなくて、カナダで1年間自分で住む家を見つけて仕事を見つけて生きる。それをやろうとしていた。
ちょっと後の話にもなるけど、ニュージーランドに行った時も、オーストラリアへ行った時も同じ気持ちだったから、僕にとって空港とは「異国で一人で生き抜くために、心の準備をする場所」だった。
雑念が入るから、親以外には誰にも「カナダに行ってくる」なんて言わなかった。
もうママもパパもいない、お金もそんなに持っていない、さあ俺、あとは自分でどうにかしなきゃ行けないよ!
カナダのトロント行きの飛行機内もガラガラで、僕は3つの席を占領する事ができて、12時間フライトを3席をベットのように使って寝ながら時間を過ごす事ができた。
ずっと寝ていることもできないので、たまに外を見たりしていたがイヤホンはずっと耳から離さずに付けていた。
当時心を落ち着かせてくれた2曲を12時間ループで聞いていた。ちょっとでも気が抜けると不安でおかしくなってしまうから、音楽に集中していた。
空港に着いてから、エアビーで予約しておいた家へ向かって、オーナーやルームメイトに挨拶をして、書類関係、銀行開設、などなどいろいろな手続きをやって仕事を探して。。
ここまでバタバタだったから、「不安」と言う感情が湧き起こる余裕がなかった。
だんだんと生活が落ち着いて1ヶ月があっという間に経った。
いつものように自転車である場所へ向かっている途中、ちょっと気が抜けたのか、サーッと血の気が引いた後に急に鼓動が速くなって不安が僕の体を支配した。
今まで見たことのない景色、使われている言語の違い、誰も僕のことを知らない、助けてくれない。この生活があと11ヶ月続くこと。一人で全て物事を解決していく必要がること。これにふと気づいた時にこの不安感がドッと押し寄せてくる。
最初の5秒間くらいはとっても絶望的な気持ちになる。
不安になってどうするの?
日本に帰るの?自分で選んだ道なのに?
帰って今さら就職できると思っているの?
「不安になっても、ならなくても、やるしかない事には変わらない。生きていくしかない事には変わりはない。今できることを淡々とやる。」
こういう思考に毎回帰結して、5秒から先は今の行動に集中して、あとは天に任せる。とりあえず今日も生きるんだ。こんな感じのパターンになる事が多かった。
この"急にくる不安"って何度も何度も襲ってくるんだけど、人間は環境にうまく適応するもので、2ヶ月くらい経ったら完全にとまでは言わないけど、それは消えた。
多分自信が付いたのかもしれないし、生きていくために大丈夫だ、いける。という保証がどこか心の中に出来たのかもしれない。本当のことは自分でも分からなかった。
大変で、不安な瞬間って確かにある。でもそれを根本的に解決するには、目の前のやることを一歩ずつ淡々とやっていく事。これしかないんだ。
不安になりながらやっても、リラックスしながらやっても結果は同じだから、なるべくこのカオスな感情が湧き上がる日常を楽しくダンスしながら生きる。
この後にNZ、オーストラリア、タイへ行く事になるんだけど、不安は殆ど感じなかった。海外生活の知見、英語の上、実際に一人で生き抜いた事実、色んなものが要因だったと思うんだけど、
やっぱり一番は現実から目を背けないでそれを噛み締めながら一日一日を生きていたからだと思う。
1年間トロントで生きることができた。
これは僕の中では物凄い快挙だ。
当時、次の目的地であるニュージーランド行きのチケットを空港で握りながら、誰かに伝えてしまうとなんだか違う気もしたから、僕の心の中で「俺はやれる男だったんだ。これからもそうだ」って喜んで、またすぐに現実世界に目を向けた。
じんわり温かくなってきた魂を味わいながら、僕はニュージーランドのオークランドへ向かっていった。
[写真] 2曲のスクショと、ガラガラの空港