日本に来てから仕事が忙しくなった。
新しい環境へ適応したり、未経験の業界に入ったこともあり、勤務時間外の前後でその分野について学習したりする必要があった。
僕はホステルで生活していた時、みんなはどこかへフラフラ行ってきて、そのあとはホステルへ戻ってきて庭で仲間と音楽を流しながら夜まで話すというのをよくやっていたんだが、
僕の場合はじっとしていることができない。みんなの話を聞くのは面白いけど、まだ日中で体力のあるうちは何かに熱中していたり、体を動かしていないとおかしくなってしまう。
そんな状況だったから、モチベーションとか関係なく図書館やカフェに行ってコードを書いて自分が作りたいアプリケーションを作っていた。
ちょっと難しいことに集中できる時間が長い間取れずに簡単な頭を使わないバイトや、友達との会話、人と会うイベントが長く続くとちょっと羽車が狂う習性があるみたい。。
何が言いたいかというと、これまで仕事とそれに関する予習復習準備でここ数ヶ月過ごしてきて、適度に難しくていいんだけど、やっぱりちょっと難しくて自分のクリエイティブな部分を刺激してくれる「ホステル日記の執筆活動」を指定
ホステル日記のような「自分のクリエイティブな部分を刺激してくれる活動」から長く時間を置くと、人生が前に進んでいない気持ちになってしまうから、この時間は自分にとって大切なんだと実感した。
このホステル日記の執筆が大体形になってできたら、今度はホステル日記と同じようなもしくはそれ以上のクリエイティブな部分を刺激してくれる"何か"を求めて生き続けるのかもしれない。
もうこれは自分の意思では止められるようなものではなくて、生まれた時から自分のDNAに刻まれている本能的な感覚っぽいから、この衝動と上手く付き合って、ちゃんと発散させてあげる必要がある。
今回のように、仕事やその前後の時間にも仕事の準備に追われてあまり優先度高くこの「自分のクリエイティブな部分を刺激してくれる活動」から離れると、僕自身の体や心が上手く機能していかなくなって行くような感覚を抱く。
「自分はこれをやりたいのに今は何もできていない」
「何か自分のエネルギーをちゃんと使えていないような気がしてとっても不快な気持ちになる。。」
今、年末年始になった。たっぷりと時間があって、人と会う予定も入れていない。
だからこのホステル日記を書ける時間ができたんだけど、やっぱり執筆を進めていると、自分で何かを作り上げている感じがして、文章を書きながら「これからどんな展開になるんだろう、どうやってこの物語を終わらせるんだろう」
とワクワクしながら進めることができているし、これを書いている間は必ず集中できるというか、気が散るようなことは無いくらい、自分に合っている行動なので、かなり自分が正しいことをしていると思っている感覚を抱くことができて、生きている感じがする。安心する。この間だけ。。
仕事と、その準備に追われていた時は、頭の片隅にいつも「ホステル日記早く進めなきゃな」という思いがあって、それだけで脳みそのメモリを食っていたから、たとえ忙しくても息抜き的にこういう「自分のクリエイティブな部分を刺激してくれる活動」を一週間のどこかに必ず入れるべきなのかもしれない。