朝の5時になると、大音量のアラームが隣の部屋から聞こえる。
その音が消えた後にドアが開き、今度はブーツの音、床が軋む音が聞こえ、僕がいる部屋の一階全体が揺れる。寝ている僕も体が少し揺れる。
アラームを鳴らしたブラジル人の彼はこれからいつものように土木作業員として働きにいく。
今度はキッチンでスマホから大音量で母国のニュースを流したり、途中で母国にいる家族に大声で電話をしていた。またいつものように朝ごはんを食べているのだろう。
いつものことなので、僕はまた目を瞑って寝ることにしたが、ニュースの音が大きすぎて寝れない。トロントの家はほとんどが木造建築なので、防音性が全くなく、同じ階にいる人のあらゆる動作音が聞こえてしまうが、仕方がないし、こう言うタイプの家で暮らせるのも経験の内かなと思っていたから、そこまでストレスは感じなかった。
部屋の構成は、家の入り口付近に彼の部屋があり、その隣に僕の部屋、トイレ、一番奥にキッチン、そして裏庭へと続くドアがある。
ブラジル人の彼は全ての物音がうるさく、彼の行動範囲内のど真ん中に僕の部屋があるので、全て聞こえるからたまったものではなかった。
でも彼自身悪意があってやっているわけではなく、大音量が彼にとって普通なんだろうし、色々と助けてくれるおっさんだったから仕方がなかった。
家の外に車が停止し、ポルトガル語でこの家に叫んでくる。
その合図で彼が外に出て、彼らの車に乗って仕事場へ行った。
「やっと静かになった。もう一回寝よう。」
このシェアハウスの2階にはペルー人で学生のルームメイトもいた。たくさん話がしたいのか、僕がキッチンにいる間はやたら何かと話しかけてくる。
そのペルー人とブラジル人は仲良しでいっつも夜にキッチンで話している。
お互いスペイン語とポルトガル語だったが、なんとなく通じ合って会話できているのが外から見ていて不思議でしょうがなかった。
「言語が違うのに通じ合えるってどう言うこと!?。。。」
僕がいたシェアハウスではお互いを国の名前で呼び合っており、僕は彼らのことを「ブラジリアンガイ、ペルーガイ」と呼んでいて、彼らは僕のことを「ジャポネーゼ」と呼んでいた。
夜、家に帰るといつものようにキッチンで夜ご飯を作っているブラジリアンガイがいた。ガーリックと焼いた肉の匂いが部屋中に充満していた。料理をしながらまた大声でブラジリアンガイ家族と電話話している声も聞こえた。
何ヶ月か経ってこの家での生活にも慣れてくると、夜に嗅ぐこのガーリックと焼いた肉の匂いが僕に「家に帰ってきた」という安心感をもたらせてくれた。
休日になると、ブラジリアンガイは朝の7時に起きて、この家の改修工事をオーナーの大工がやってきて2人で行う。もちろん2人とも叫ぶように話す。
「、、ポルトガルってみんなこんな声量で話す感じなんかな??」
時間が経つと新たに3人のポルトガル人大工も参加し、地下室で何やらガチャガチャと改修工事をやり始めた。ドリルの音、木の板を切る音、色々聞こえてくる。
冬のトロントは寒すぎて外に出れない。そしてこの家のヒーターが壊れていると言う割とヤバめなシェアハウスに僕は住んでいた。
トロントでは冬にヒーターを付けずに部屋を他人に貸すと違法になったり、悪い状況だと逮捕にもなったりする。でもSt Clair Westという割とダウンタウンからアクセスがいい場所で低価格の貸し出しだったので僕はここに住み続けたし、オーナーもここのシェアハウスに住んでいるルームメイトたちも、お互いそれが分かっていてトレードオフみたいな感じで住まわせてもらっていた。
改修工事中、彼らはよく喧嘩している。
地下室の声が僕の部屋にまでよく届き、
「あ、また始まった」
と思ったが、数分経つと今度は笑い声が聞こえてくる。
「仲良しやなー。ポルトガルの大工たち。。いいなー。俺も混ざりたい」
工事が一通り終わった後、彼らは汚れた作業着のまま裏庭からキッチンへ入ってくる。うるさくなるし、誰一人としてまともな英語を話せないから、そこへ行ってもなんだかぎこちない感じがあったが、まあしょうがなかった。色んな新しい環境に遭遇すれば遭遇するほど、自分はもっと強くなる。そう感じていたから、進んでその環境でもうまく適応しようと、彼らと馴染もうとしていた自分がいた。
「海外に住むことに慣れる」ということは「日本と比べて不潔な生活に慣れる」とも言い換えることができる。
基本的に部屋の中でも土足で生活していたし、大工が泥だらけのブーツで部屋中をウロウロするから、至る所に砂や泥がついている。
まあ確かに、この家が特に汚い特殊な環境だったのかもしれないけど、
町を歩いていても、まあ言い方が悪いかもしれないけど、きったないシミのついた服で歩いている人を見かけるし、傘も持たない。
バスや電車も汚いし、街のあるエリアに行くとホームレスの独特なおしっこの匂いが充満していることもザラにある。
人間の適応能力はすごいもので、1ヶ月も経てば僕は外から帰ってきた服のままベットにダイブしたり、手を洗わなくなったし、特に病気にもかからなかった。
異国の地で日本にいた時の「ちゃんと手を洗おうね」とかの清潔面のルール、習慣を守るとやっぱりストレスになる。まあ人間関係もそうだけど、それは置いておいて、、
「こいつなんで外から帰ってきてそのままの手で食器を触るんだ」 「トイレに泥があるってどういうことだよ」などなど。
僕はここトロントで長期間暮らし、「自分が一体どういう人間なのか」全く違った環境に飛び込んで知りたかったし、どう反応して、考えて、自分が変わっていくのかに興味があった。どこまで一人で耐えられるのか、ちゃんと生活し切れるのか、不安だったけど同時に心の内側ではすごくワクワクしていた。
だからこういう些細な違いは受け入れて、自分の中の固まった考えを手放した方がきっと海外生活を楽に生きれると思っていたし、今考えてもそれは正しい判断だったと思う。
「汚いけど、これがトロントだから、自分もこの文化を受け入れよう。日本にいた時の常識を手放そう。柔軟になろう」としていた。
「海外生活の心得その1。その国の文化に自分を適応させる!日本の文化を強引に守ると生きづらくなるぞ!手放せ!!そしたらその国の文化を受け入れる分のエネルギーが空いたから、あとはその国の文化、空気、世界観を自分の体の中に入れて楽しむ!味わう!」
トロントと東京の違いは、町中に自然がたくさんある、まるで公園の中で暮らしているような感覚になるのもそうなんだけど、それと同時に家では綺麗なというか、外から帰ってくる時に家には人工的なものしか入らないようにして、自然(外)から持ってきた物質(汚れ)を落としてから中へ入るという東京の文化と違って、そういう区別がないというか、
街を歩いたり、自転車で飛ばしたりしていると気づくんだけど、家が木造建築で自然がたくさんあって、本当になんというか、自然と人工的な物の境目が美しく溶け合っているような、共存しているような感覚を覚える。
「東京を歩いていて自然の匂いを嗅いだのはいつだっけな。」
、、別にどちらが良いという話ではないんだけど、こうやって異国の地で長期間暮らすと、母国のことを比較できる対象が出来るから、東京のことがより分かった気がしてそれがすごく面白かった。興味がある家や木、転がってるゴミ、お店の看板、歩く人々などを、とにかくよく観察していた。
コーヒー屋さんの外で立ちながら、ボーッと歩く人々の格好や表情を観察するのも面白かったけど、よくホームレスに声をかけられて気が逸れるから歩くことにしていた。
「公園の中に街があるみたい」という感覚を覚えるのは本当にそうで、町を歩けば木々や鳥の鳴き声、リスや散歩中の犬をたっくさん見かけたし、季節の移り変わりめがとても美しく、ワクワクしたものだった。
「あ、そろそろ町中の木々が赤になったり、オレンジになってきている。空気感や匂いも変わってきている。」
不自然な街東京に住見続けていたら、この自然の美しさ、精神的なエネルギーの回復ができなかっただろう。
まるで自然の中で暮らしているという錯覚を覚えるような街、トロント。自然が間近にある状態で暮らすっていうのは本当に気分がいいものだ。そう思った。
周りのルームメイトはコロコロ変わっていったが、ブラジリアンガイと僕はここに住み続け、結局ほぼ1年一緒に暮らしていた。
彼は英語が話せなかったからコミュニケーションは終始ジェスチャーや簡単な単語を叫んで伝えようとしていたけど、お互いの人生があって、やることがある。余計にお互いのことを知ってしまうよりかはこっちの方が楽で良かったのかもしれない。
「おじさんでここのオンボロに住んでる人」というネガティブなフィルターで初めは見ていた。
でも、朝起きて〜寝る。
これって、もう幸せの最終形態じゃないか。ブラジリアンガイは、毎日笑顔で暮らしているじゃないか。これ以上何が彼に必要というのだろうか。
これが幸せの最終形態なのかもしれない。自分も成熟したらこういう生活になるのかもしれない。そう思った。
お金でこの仲間は買えない。お金があったところで、こういう仲間がいないと本当の幸せとは言い難い。もちろんお金はあったほうがいい。そこは現実的に考えているし、お金が必要なのは事実だ。でも、もう既に幸せそうなブラジリアンガイはこれ以上お金を稼ぐ意味があるか?
世界が狭い、周りが気になる。もっと有名になりたい。 そういうノイズが無くなって大人になった時、自分の心と向き合って大切なものに気づけた時、人間はこういう生き方になるのかもしれない。
トロントで1年間、彼の笑顔を毎日横で見ていて、僕はそう感じた。
[このまま軽いトーンで、少し真剣でもトーンは同じって感じの方がいいかもしれない。] [小さい信頼できるコミュニティーで毎日笑って過ごす。そういう生き方もありなのかもしれない。]
[いつも笑顔で、他のことは考えない。仕事仲間と笑って暮らす。こういう生き方ってすごくアリだな。お金を必死に追いかけた人生と、お金はなくて母国のためにオンボロシェアハウスで仕事仲間と深く繋がって暮らしているブラジリアンガイ、それぞれあると思うけど、最後に後悔なく人生の幕を閉じれるのはどっちだろう。彼にあって僕はそんなことを考えていた。]