人生の再定義

ホステルには20代の若い男女だけでなく、30代、40代の旅人も生活している。

その中でイタリア人のジェイコブ、チリ人のバーバラ、名前は忘れてしまったがオランダ人の3人とよく夜に話した事がある。

イタリア人のジェイコブは、元々IT系の仕事をしていたらしい。ここオーストラリアでは日雇いの仕事をしていた。

瞑想やスピリチュアルな物事に興味があり、僕によく「瞑想を初めてみたらいい。きっと何かがわかるよ」と言ってきた。

一人でやりたい事をどんどんやってしまうタイプで、みんなで山登りに行ったが突然

「こっちによく瞑想ができる場所がありそうだ」

と言い残して森の中を一人で進んでいってしまった。残された人たちは彼を置いて山の中を登ることはできず、結局彼はみんなの事を考えずに瞑想を始めてしまい、日帰りの予定がどこかの宿で夜を明かしてから帰るハメになった。

そんな彼は「今俺は35歳だが、小さい頃からずっと旅をしてみたかった。今がその時だ」と僕に打ち明けてくれた。

僕と一緒に約2ヶ月間毎夜時間を共にした後、新しい仕事を見つけたといい、オーストラリアの人よりも動物の方が視界に入る数が多そうな、ど真ん中の砂漠地帯へ向かっていった。

チリ人のバーバラは、「生涯旅人」みたいな人で、彼女のインスタは世界各国で撮った写真で溢れている。特にパリがお気に入りの国だったらしく、彼女の素敵なファッションセンスからしても納得した。

「旅人でホステルに住んでいるのに、毎日違う服を着ているのはすごいな。もしくはそう見えないように同じ服を違う着方できているのかも」とも思ったが、一体どれくらい服を持っているのかはわからない。

僕がオーストラリアを去るときに一緒に見送ってくれたメンバーの一人で、僕が全荷物が入っているボストンバックをヒョイと抱えてホステルから去る時に「荷物それだけ!私もそんなに少なかったらいいのにな。」と言っていたのが妙に記憶に残っている。

仕事はプロダクトマネジメント、犬のシッター、メディカルアシスタントと色んな分野で働いていた。たまに犬をホステルに連れてきていた。

彼女はラテンの国出身なのでホステルのみんなとすぐ仲良くなれるし、夜に若い旅人に混ざっておしゃれな格好をして地面に座ってみんなとハイになるというベテラン旅人ならではの体力というか、適応能力があると思う。あの年齢で若い僕たちの輪に入ってワイワイやるのは中々できることではないからすごいなと思った。

そして彼女のインスタのストーリーは毎回「犬」か「今の自分の人生はこれでいい」という何か肯定させてもらうような名言をどこかのアカウントから引用してアップしている。

確かに彼女と同じ世代の女性は定住して子供がいたりするから、それがない彼女からしたらそういう心の支えや自分の人生を肯定してくれる”何か”が必要なのかも知れない。もちろん彼女がどう思っているか本当の事はわからないけど。

オランダ人はもちろん背が高く、何事にも動じなかったり、ホステルのボス的な存在の人ともすぐに打ち解けたりと体は細くてチルな人だが、男って感じがする。

「オーストラリアの色んな場所を回ってみたい。」

という理由で車でシドニー中をウーバーをしたり、各地で開催されるイベントの運営をしたりして仕事で旅をしながら旅の旅費を稼いでいる。彼と話すときはまるで父親に話しかけているような感じで「この人になら何でも言えるし打ち解けられる」と本当の父親よりもそう思った。

彼に「お前は見た目は25歳ではないけど、話してみると25歳だ」と言われたときは嬉しかった。

今チェンマイでこれを書いているけど、久しぶりに彼からのdmが来た。こうやってつながっていると、悲しい時とか、落ち込んでいる時に彼のような人柄を想像するだけで少しだけパワーをもらうことができる。

この3人全員に「このあとはどうするの?自分の国に帰って仕事に戻るの?」と聞いたことがある。

なぜなら僕からしたらキャリアや自分の資産がないと、生きていく上で享受できるサービスに制限があるからかなりストレスを受けてしまったり、他の人と比べて嫉妬してしまうと思ったからだ。

でも3人とも具体的なプランがなく、「分からない」と答えた。

僕がビジネスで何かを成し遂げたわけではないので、彼ら彼女らに何も言える立場ではないが、それでも当時の僕は

「今俺は35歳だが、小さい頃からずっと旅をしてみたかった。今がその時だ」とか、

インスタで今の人生を肯定してくれる名言を見つけて自分を誤魔化したり、

「オーストラリアの色んな場所を回ってみたい。」

とかって自分が今まで十分な資産を築いてこなかったから、この年齢になって辛くなりお金の問題から逃げたり放棄したりするためにオーストラリアに来たんじゃないの?と本気で思っていた。

「こういう人たちにならないように、お金から逃げずに日々生きよう」と彼らを”お金を稼がなかった場合の模範”として見ていた時期もあった。

でも彼ら彼女らは楽しそうに話しているし、一緒にいても暗い場面っていうのは見かけない。本当に今この瞬間を楽しんでいるように僕の目には映った。本当に。

香港の友人スンスといつものように夜中にホステルの外で音楽と共にジョイントを回していると、ふとあの3人の事を思い出してこう思った。

「そもそもあの3人は”お金”や”キャリア”を人生の主軸の一つとして考えていないのかもしれない。彼らにとってもっと大事なものがあるのかも知れない。そしたら彼らは僕とは違ったレンズで世界を見ているのかも知れない」そう思った。

このひらめきというか悟りで背中に電撃のようなものが走って少しかゆくなった。

僕はお金、キャリア、未来の心配をせずにちゃんと”今”を彼らみたいに生きれているだろうか?

自分がやりたかったことを”今”彼らみたいに誤魔化さずにやれているだろうか?

お金や資産、キャリアの事を考えて、”今”に集中できていない僕の方が、彼ら彼女らから「もったいない生き方をしている」と心の奥で思われているのではないか?

僕は後悔のない生き方をしっかりとできているだろうか?

こうして今日もホステルで自分の人生観が更新されたり、再定義されたりしていく。

「あ、このまま行くと人生終わる」と気づいて、ああいう行動ができるっていうのはどの時点でもういい感じだから、、そもそも自分が

自分の経験んのなさ、若さからくる思考に翻弄されていただけなのかもしれない。