まだ僕がホステルに来て1,2ヶ月くらいの頃、仕事をしておらず自由に使える時間がたっぷりとあったので、シドニーの街を探検したり、ホステル内をうろちょろしたり、夜中にまだ起きている人と話をしたりと、何の生産性も無いが、心は充実していた時期があった。
大体いつも昼になると、パスタを作りにフラっとキッチンに行く習慣が僕にはあった。そこでがっしりとした体つきで、自分と同じ坊主頭の男をよく見かけた。
夏のシドニーということもあって、上は何も着ずに、裸足でウロチョロするという人も見かけるんだけど、そいつは毎日上品なシャツとパンツを着ていた。
なんかこう、ホステルの旅人って適当な服を着て過ごす人が多いんだけど、彼は着る服に気を遣っている、自分をよく見せることを大切にしている、そんな感じがした。
ホステルで生活をしていると、たくさんの人と日々すれ違う。自分のやるべき事、割きたいエネルギーがある場合、全員平等に挨拶したり、話をしたりしていると、エネルギーが枯渇してしまうし、日が暮れてしまう。
だから僕は自分の視界に入れる人、そうでない人、を反射的に分けてホステルで生活をしているんだけど、あいつは体ががっしりしているし、ポジティブなオーラが周りから放たれていた。だから僕は無意識的に彼を視界に入れることにしていた。
自分で言うのも何だけど、ニュージーランドのジムで鍛えた分、僕の体は成長して大きくなったし、男だけでなく女性も異性の胸が好きなんだと実感するほど、女性からの視線にも気づくようになった。
彼は僕よりもがっしりとしている体型で、ただ大きいだけでなく、身体の基礎がしっかりとしていて、何というか、筋トレだけでなく、若い頃から力仕事で働いていたような体つきをしていた。
一度も話した事がないその彼と僕が、お昼のキッチンで何度もお皿をとったり、包丁をとったり、フライパンをとったりしてすれ違っていると、男独特のピリピリするエネルギーがお互いを刺激し合っていた。
彼は僕の存在にに気づいていたようだが、そこまで拒絶してるわけでなく、かといってあっちから話しかけてくるわけでもないという感じだった。
彼にどうやって話しかけようかパスタを作りながら考えていた。
この日、彼も僕と同様にパスタを作っていて、トマトと魚とチーズが入っていた。
思い切って話しかけてみた。
「パスタ作ってるの?」
「おう。これはシチリアの料理なんだ。」
「イタリア出身?」
「おーそうだよブラザー。」
「名前は?」
「ダリオっていうんだ。イタリアでは一般的な名前だよ。」
喋りながらよく手を動かすし、言葉の語尾に毎回上にあがる音程の「ノォン?↑」とつけていた。典型的なイタリア人の話し方だった。
服装に気を遣っているのもこの時に「やっぱりイタリアだったか!」と腑に落ちた。
「ブラザー、ちゃんとパスタを見ろよ。もっとかき混ぜないと。」
そう言って僕のパスタを逐一確認してくれて(イタリア人あるある)一緒にテーブルへ座り、筋トレの話、サッカーの話、仕事の話をした。
最初の会話はこんな感じで終わり、拳を突き合わせて「じゃあな」って言った後にお互い次の行動へ移っていった。
その後、お昼の時間帯だけでなく、夜ご飯を作った後に僕の隣へ座ってきたり、夜中にホステルの外でダリオが率いるイタリア人の集団に混ぜてくれたりした。
お前の顔はイタリア人のマリオってやつにそっくりだから、これからマリオだ。って集団の中の一人に言われて、そこから彼らの間ではマリオと呼ばれるようにもなった。(それでもダリオは僕のことをカズマと呼び続けてくれたから、そういう部分でも彼をもっと好きになった。)
他のイタリア人は入れ替わってまた新しいイタリア人が集団に混じってを繰り返してきたけど、ダリオとはシドニーのホステルで1年間一緒に暮らした。
ダリオは30代で、結構大人びている。
20代の頃は色んなコンストラクションの仕事をしていて、週末になるとクラブへ行ってここがどこか分からないという場所で泥酔して目を覚ます。そんな生活を送っており、現在はエレクトリションとして1時間50ドル稼ぐ時もある。
そんな彼からは、色んな経験をしてきた人独特の、しゃべらないけど一緒にいると多くを語っている感が滲み出ていた。
クラブへ行く習慣はまだ消えておらず、普段の格好も綺麗だが、週末の夜中になるとシンプルなシャツとハーフパンツ、素足でローファーのようなものを履いて外に出てくる。
僕と一緒にジンを飲んで軽く話してからクラブへ行く。
ホステルがあるキングスクロス周辺はバーやクラブがちらほらとあるから、週末になるとよくドレスアップした男女がホステルの前を通り過ぎる。
ダリオはチャンスを逃さずに、美人な女性が前を通ったら獲物を狙うように話しかけて正面に立って握手をする。
ホステルで色んな国の人と関わってきたが、イタリア人はよくこれをやる。
僕は男前だなーと隣で見ていただけだったけど、、内心かなりこの言動に憧れていた。
僕もクラブへ行く時があったが、ほとんどはホステルのみんなとその場で話していることが多かった。
(ちなみに他の国では適当なTシャツとジーンズでクラブに行っていたが、ここシドニーではドレスアップをしている人が多い。そこでクラブへ行く格好はダリオからパクった笑)
もう一つ、僕とダリオがほぼ毎日一緒にいる、気が合う同士になったのがジムだ。
ダリオとホステルですれ違うと、彼は必ず僕に、
"Kazuma, today you hit the gym?"
今日はジムに行ったか?と聞いてくる。
ダリオと僕は毎日ジムに行っていたから、お互いどうやってトレーニングしているのか、今日ジムに行ったか、どんなものを食べているかを確認しあっていた。
ニュージーランドで出会ったクラウディオとホアキンや周りの男の体のデカさに感化されていき始めたジムだけど、ここでも男の中の男に囲まれて生活して、ジムに行き続ける環境づくりを構築したかったから、僕はダリオになるべく近づいて生活していたという面もあった。
こんな感じで彼からは「何か深い話をした訳ではないけれど、ずっと一緒にいて彼からイタリア人の友情と"男の在り方"」みたいなものを学んだ。
ダリオと過した毎日は、ジムや筋肉以上に、何か「“男としての在り方”」を学ぶ時間だった気がする。
それを彼と行動を共にしたことで、少しだけ吸い込めたような気がしてる。
