青い炎

ここチェンマイで3ヶ月くらい放浪するつもりだったが、一つだけやることを決めていた。

それは「自分用の英語学習サイトを自作する」というものだ。

"昼に起きて、ジムへ行って、カフェかどこかでwebサイトを開発し、夜は仲間と話す。あとは好きなようにフラフラする。" こんな生活を送るとオーストラリアを発つ前から決めていた。

フラフラして生活をしているだけだと堕落してくるし、なにより自尊心が持てなくなる。

何かしら規律を保つための習慣を取り入れないと、ドラッグとかハッピーエンディングのマッサージに行きそうだったので、難しくて、ある程度時間がかかって頭を使うものを生活の中に取り入れたかった。

それがたまたま「自分用の英語学習サイトを自作する」になった感じだ。

サイトを自作する、つまりコードを書くというのは、騒がしいホステルに置いてあるガタガタの机と椅子に座ってできるようなものではない。(少なくとも僕の場合は)

そのためカフェやコワーキングスペースへ行って、一人で一定時間深く考えることができる環境を確保する必要があった。

幸いなことにここチェンマイは「デジタルノマドの聖地」と呼ばれるだけあり、カフェやコワーキングスペースが充実している。実際いくつかのカフェに入ってみると白人ノマドワーカーだらけだった。いや、本当に。

僕がサイトを開発するためによく通っていたのはW8というカフェ。

チェンマイに着いた当初色々とカフェを回ったんだけど、一番雰囲気が気に入っていた。

気になる店内はというと、机に4つのMacが並べられ白人のがっしりとした体型の男らがTシャツ短パンにビーチサンダルを履きながら、会議のようなことが行われていたり、

またある場所では、周りを観葉植物が埋め尽くすように並べられているバルコニーでハンモックに揺られながら作業をしている人がいたり、

ここはがっつり"白人ノマドワーカーの作業場所"と化しており、作業をしている人に対してかなり寛容な雰囲気だ。

もはやコワーキングスペースと言ってもおかしくなかった。

W8に毎日通うようになってからチェンマイでの生活ルーティーンが確立していった。

夜中の3時まで旅人と話をした後に倒れるように寝て、昼の12時に起きる。

ホステルに併設しているカフェでコーヒーを飲みながらぼーっとしたらジムへ行き、帰りにその日の気分で選んだ野菜と果物の組み合わせで出来たスムージーをテイクアウトし、それを飲みながらまたホステルに戻ってくる。

「一旦休憩して」とかそういうのは無しで、そのまま歩いて帰ってきたテンポを崩さずにすぐ部屋に戻って着替えて、バックパックに必要なものを詰めてホステルを再び後にした後、旧市街の周りの観光客らをすり抜けながらW8へ歩いていく。

道中で大量に流れてくるバイクの群れをタイミング良く横切りながら反対側へ渡る。 地元のタイ人は徒歩10秒でもバイクを使うので「道路を横切る」と言う行為をあまりしない。 しかしここ旧市街にいるバックパッカーたちが歩いて横切るので、バイクに乗っている地元のタイ人が、我ら外部者(観光客)に対して横切れるようにちょっと止まってあげるという雰囲気がここ旧市街の四角い堀の周りにはあるように生活していて感じる。

ホステルから5分ほど歩いた後、W8の近くまで来たら2階のテラス席に座っている人を見て今日もオープンしていることを確認し、2階へ上がる。木製の階段だから階段を登るたびにギシギシと音を立てる。

横開きのドアをガラガラと開けると、ラフなTシャツを着てメガネをかけている30代くらいのお姉さんに挨拶をしてLサイズのラテを注文してそれをキャッシュで払う。

もうかれこれ1ヶ月近く毎日同じコーヒーを注文しているが、一向に「いつもの?」と聞かれる気配がない。そんなタイプの店員さんだ。

空いている席を探して座る。バックパックからMacを取り出し、充電ケーブルを横に置いておく。オーストラリアでMacを購入したからタイ用の変換器も合わせて横に置いておく。ソニーのノイズキャンセリングヘッドフォンを装着して今日作る部分を頭の中で描いたり、メモをしておく。

何分か経ったら、いつものハートが描かれたラテが運ばれてくる。

ここのカフェは中央の階段を境に左右で床の高さが異なっているため

僕がテラス側の低い場所に座っていると、お姉さんはそのハートが崩れないようにゆっくりゆっくり降りてシルバーのプレートの上に乗っているラテを僕の方へ向かって運んでくる。

ギシギシギシとゆっくり床の音を立てて僕の方へ向かってくる。

届いたらお礼を言って一口飲む。それから作業に集中する。

数時間経ったら息抜きをするために観葉植物で埋め尽くされているテラスへ出て、ハンモックに座ってゆらゆら体を揺らしてぼーっとする。

戻ってまた集中する。

これを2セットくらい繰り返したら、時刻は午後6時。

閉店時間になったのでカフェを出て、すぐ隣にある屋台に行く。大きな丸い鉄板を揺らしながら料理を作っているおばちゃんに「いつものやつ」という意味を含んだグッドサインをして席に座る。

向かいの道路をビュンビュン走るバイクをぼーっと眺めたり、今日作成したサイトの機能をスマホでチェックしてちゃんと動いているか確認したりして料理を待つ。

パッタイが来たからそれを食べた後、席を立っておばちゃんにキャッシュで払う。

ホステルに向かって帰る。併設しているレストランのお姉ちゃんたちに挨拶や軽い世間話をしたり、トルコ人のアズィーズがいたら彼とも軽く話す。

荷物を置いて、ブラブラ街を歩く。

帰ってきたらアズィーズと他の旅人とかと夜中まで何か適当なことについて話し、倒れるように寝る。

最初はこんな生活をしていた。

ルーティーンが確立してきたんだけど、通っているカフェに対して一つ気になる点が出てきた。それは

「W8はコワーキングスペースではなく、あくまでカフェ」ということだ。

しっかりとした机が確保できない場合もある。

ノマドワーカーとしてここにきている人が多いと書いたが、そうで無い人ももちろん来る。

僕が集中している横でカップルや観光客が話し出したりすると気が散ってしまうし、

観光客の彼らも、パソコンを開いて何かをやっている人で埋め尽くされているこのカフェを異物を見るような目でジロジロと見てくる事もある。

「うーん。。やっぱりコワーキングスペース借りるか」

カフェは午後6時で閉まってしまうが、コワーキングスペースは24時間空いている場所もある。

いつも起きるのが昼なので、カフェが閉店してくる頃に集中が乗ってくる事も多々あり、それがもったいなくも感じていた。

「じゃあ朝早く起きていけばいいじゃん」と思うかもしれないが、夜中に旅人と話すっていう時間は何事にも変え難い。。

そう思って、次の日からすぐにホステルから一番近いPunspace Tha Phae Gateというコワーキングスペースへ向かうことにした。

旧市街の大通りから3分ほど住宅街の中へ入った場所にそのコワーキングスペースはあった。

周りはバイクの音も少なく静かで、近くに金ピカのお寺もある。誰の飼い主かわからない犬たちがあっちへ行ったりこっちへ来たり、互いに吠えたりもしていた。

2階建てになっており、体育館のような外観だった。

周りはチェンマイっぽい家やお寺、マッサージ屋さんなどが並んでいるが、ここだけ異様に近代っぽい作りの建物だった。

1階の受付兼カフェにいたタイ人のお姉ちゃんに

「ここ1ヶ月契約したいんだけど」と伝えたら

「キャッシュ?」と聞かれ、うん。と答えたら僕の名前とドアロック用の指紋を取ってすぐに使うことができた。

登録するときに名前と一緒に会社のウェブサイトを書く欄があったが、僕は無職だったので、その頃自分が作っていたサイトのドメインをそこに書いて埋めた。

自分のために作っていたものだったが、このような使い方をする日が来るとは、、

それはそうと、思い返してみればタイは無駄な書類の確認や予約とか無くてほんと楽だな。

ジムもこんな感じだったな。来てすぐにキャッシュを払って契約成立。パスポートすら必要ないもんな。。

1階に先ほどまでお姉ちゃんと契約の話をしていたカフェ、そしてテラス席があり

2階の螺旋階段を上がると、開放的な作業場所が広がっていた。

全体的に空間の基調がグレーで少し暗かったが、壁一面大きな窓があり、そこから太陽が差し込んでいたため雰囲気が調和されていた。

この階にもテラスがあった。

体育館の床のようなツルツルな肌触りのコンクリートが足ものに敷き詰められており、4人席分のテーブルが12台ほど置かれている。ソファー、ホワイトボードも用意されていた。

疲れたらソファーで寝ている人もいた。

窓際には冷蔵庫もあり、その中の飲み物を自由にとって飲むこともできた。

デジタルノマドであろう人たちが7人くらいそれぞれ幅をとってこの空間で作業をしていた。

カフェで作業をしている人は何か必死さがないというか、片手間で仕事をパパッと終わらせて夜遊ぶぞみたいな雰囲気の人が多い印象を受けたが、ここはなんというか、仕事でマジな目をしている人が多い。雰囲気が違う。

「おー。これがコワーキングスペースか!気分はノマドワーカーだ!!」

僕も席を見つけて座り、PCをバックから出してさっそく集中した。

コワーキングスペースはカフェのように閉店時間を気にしなくていいし、作業目的で来ている人たちだけで構成されているから、この場のエネルギーが集中力をより維持させてくれる。

もう何も気にしなくていい。自分が思う存分やればいい。

旅先で観光地を回ったり、アトラクションに乗ったり、クラブに行ってアドレナリンを出して快感を得ている人もいるが、

僕は「自分の創作物を作るために集中している時間」が一番気持ち良い。

フラフラしているだけだけど、一応やることはやっているんだぞ。という自尊心を保つこともできる。

とはいえ、今の創作物が世に出るかは分からない。

誰にも評価されない事がほとんどだ。

まだその創作物からお金を稼げていないし、そもそも利益を出すためにやっていることも少ない。ましてや何のためにやってるのかすらも分からないんだ。

ただ、毎日生活をしていく中で「体の内側から湧いてくる静かな青い炎のようなエネルギー」が溢れてきて、そのエネルギーをドラッグに委ねるか、ハッピーエンディングのマッサージに行くか、クラブで騒ぐか色々と選択肢があると思うが、僕は創作活動に使うようにしていた。

後からこのタイ生活を思い返して「もっと遊んでおけばよかった」と後悔するのではないかと考えるととっても怖くなるが、僕はそれでもコワーキングスペースに毎日通うことを選んで自己を保つようにしていた。

なぜかは分からないけど、この選択が一番自分の腹に落ちていたんだ。

だから、明日も明後日もここに来る。