[なぜ、彼らに寛容なのか。オークランドは。その背景。] [どんな絵を描いていたのか、どんな曲が良かったのか。具体的にするとリアルに。] [トロントいる?] []
開館と同時に1階の大きな一枚板の木のテーブルに向かい、スケッチブックを開いて絵を描き始める男、
午後になると昼寝をしに入ってくる男、
何やら周辺で起こっている情報交換のために集まって話し始める男たち、
大きなスピーカーを抱えて、好きな曲をガンガン鳴らしている男、それに群がる男たち。
これは全てオークランド中央図書館にくるホームレスだ。
僕もパソコン作業をしに1年ほとんど毎日通っていたので彼らの顔や行動をよく知っている。
こういう奴らが入って来ると治安が悪くはならないのか?職員は注意しないのか?と思うかもしれない。
彼らを毛嫌いする人はどこにでも一定数はいるが、ここオークランドは、僕が暮らしてきた都市(東京、トロント、シドニー、ジョージア州、チェンマイ)の中で一番寛容というか、どこで何をしていようが街の人はあまり気をとめない。そんな感覚だった。
オークランドに長年住んでいるホテルの同僚インド人のシャクーンが言うには、コロナが流行った時期は、政府が彼らに対して無料で宿泊場所を貸し出し、生活に必要な資金も渡していたらしい。そして僕たちが働いていたここのホテルも、彼らが一時的に住んでいた場所の一つだったそうだ。
また、これはどこの都市にもある程度はあるかもしれないが、無料でコーヒーやクッキーをもらえたりチェスをプレイできたりする施設も図書館の近くにあった。
毎週木曜日の夕方になると炊き出しのトラックが図書館の前に泊まって、彼らにご飯を配っている光景も何回も見てきた。
ご飯がもらえる炊き出しや、一時的に暮らせる施設を提供するチェペルやホテルなどは色んな都市にもあるかもしれないが、ここオークランドは気候が暖かい時期が長いので顔色的に総じて暮らしやすそうだった。
逆に僕が以前1年間暮らしていたトロントでは、炊き出しやチェペルは存在するが、冬になると気温がマイナスになるため、路上で生活するのは耐えられないのか、TTC(公共交通機関)に乗車して寒さを凌いできたり、(この時期の夜にバスに乗ると、半分以上の席が彼らで埋まっていることもあった。)モールに入って生活していたりしていた。
オークランドとは反対で寒い時期が長く続くので、気性が荒く、近づくのを避ける人が多い印象だった。
住んでいる環境で、過ごしやすさや得られる待遇が異なるのは事実だと僕自身の経験から思う。
(話をオークランドに戻す。) そもそも人間は、無意識的に自分が気になる対象を目で追うようにできていると僕は信じている。
「ホステル日記」というタイトルの本を書いていて、ホステル内で起こったことだけ書けばいいのに、彼らに対して"何らかの思い"があるからこの章を書こうと思って書いているんだと思う。
ということは、僕は無意識的に彼らの"何か"が気になっているからこの章を書こうと決めたに違いない。その"何か"を書いていく中で自分で理解して最後に上手く文章で伝えられたらなと思う。
ホームレスが図書館の中で昼寝をしていようが、絵を描いていようが、ほとんどの人は気にしない。周6で勤務している図書館のサモアの警備員は彼らとよく世間話をしている。そんな具合だ。
オークランドに着いた頃は、オークランド中央図書館の前の石畳に腰掛けて休憩していると、暇そうなホームレスが話しかけてくるという土地のルールを知らず、いきなり日本語のアルファベットを僕の前で音読してみせたり、「キアオラー」と話しかけられたり、スーツケース並みの大きさのスピーカーをひきづって来るやつに「何か好きな音楽をかけろ」とも言われた。
「ここに座ってたら話しかけられるのか」
と思って以来、そこをなるべく避けているが、それはただめんどくさいだけで、彼ら自体を毛嫌いしているわけではない。
それよりも、何も広告も電気掲示板もない静かな(と言っても中心地)場所で結構うまい絵を毎日完成させているホームレスや、良い音楽を流すホームレスがいることで、そこに何かしらの活気というか、生命のエネルギーが感じられるから、味っけないこの街の"刺激"になっていると僕は本気で思っている。
( ガーっとホームレスのことを書いていく。
なんか頭の中で意識していたことがわかった気がした。 「彼らは楽しそうなのだ。」 「あ、こいつらはホームレスをこのまま続けるつもりなのか。」
これを気になって僕は彼らの生活を日々観察していたのかも知れない。
僕たち資本主義ゲームで生きている人間は近所付き合いとか、会社の同僚とかなどのコミュニティーに属している。
彼らも、彼ののコミュニティーがある。
彼らのコミュニティーも僕たちのようなコミュニティーも、資本主義という誰かが決めたルールをとって仕舞えば、同じものだし、数ある生き方のうちの一つにしか過ぎないということだ。
どの分野にも言えることだけど、外の世界を知らないと、物事の全体像というのは見えてこない。
「なんかあの人たち楽しそうに暮らしているな」という興味から彼らのコミュニティーを外から観察するきっかけになったけど、
1.僕は資本主義というゲームを降りるつもりはないが、"資本主義から降りて違うゲームをプレーしている人がいる"という事実を頭の片隅に置いておくと、日常で出会う人との会話は、見なりよりも、目(魂)を見てするように変化すると僕は思う。(そして、どの分野にも言えることだけど、外の世界を知らないと、物事の全体像というのは見えてこない。)(じゃあ、それを降りてプレーしている人を見つける。具体例用に。)
or
お金持ちになったら、それは私たちを自動的にその先もずっと人生を楽しくしてくれるのを保証してくれるのだろうか?
人生を楽しむっていうのはお金が無くてもできるというのを体現していた彼らに、そんなことを教わった気がした。
)
彼らが日常生活の中に紛れていても、別にそれをなんとも思わないオークランド全体の風潮もあと推しいているのかもしれないが、
本当にここのホームレスは生きていて楽しそうだ。夕方になれば図書館の前に支給が来る。朝絵を描いて友達と過ごして夕方に支給。そのあとは近くのセンターで、無料のお菓子やクッキーが支給される、そこでチェスなどを彼らはしている(なぜそこまで詳しいかというと、僕もそこで金欠の時に一時期お世話になったからだ。笑)。普通のサラリーマンよりいい生活をしているのではないか?彼らにとって時間は無限にあるし、その時間を創作活動に充てているのは本当に羨ましい。(悪い場面をまだ見ていないだけかもしれないが。)
逆に僕がカナダのトロントに住んでいた時は、特にトロントの冬に外で寝ているやつを見ると心が痛い。モールやTTCとやばれる公共交通機関に乗ってきて寒さを凌ぐ奴もいるし、そこで暴れる奴もいる。それ以来、僕は電車にn“カナダで目の前で人が刺されたり、故郷交通機関にふゆん寒さに苛立つホームレスが乗っているのが日常であるカナダに住んで以来、街に出ると後ろで足音が聞こえたら相手の目が見えるように振り返って確認したり、日本に帰ってきた今でも、電車の中で夢中でスマホを見ることができなくなった。”←この話をうまく繋げる。
多分、政府のシステムによってオークランドとトロントのホームレスの待遇に違いがあるのかもしれないが、それでも
オークランドのホームレスは、僕が1年間彼らを毎日見てきて、「政府が助けてくれるし、俺たちはこのまま生きていこう。今この環境で楽しく暮らしていこう。」というエネルギーがオークランド図書館に集まる彼らのコミュニティーから感じられる。
笑っちゃう、俺は一体何をやっているんだろう、彼らの方が豊かな暮らしをしているのではないか、と友達と冗談、本気半分づつで本当に語り合ったものだ。
彼らは絵を描いたり、してたり、歌を歌ったり、スーツケース並みの音響を持って爆音で音楽を聞いたりと生活を楽しんでいる。
今を楽しむっていうのはお金が無くてもできるというのを体現していた彼ら。
お金を稼いだら、それは私たちを自動的にその先もずっと幸福にしてくれるのだろうか?今を楽しむっていうのはお金が無くてもできるというのを体現していた彼ら。
お金を稼いだ先に一体何があるんだろうか?
お金を稼いで必死に頑張った先に、彼らのように生いきいきと仲間と笑いながら生きることが保障されているのだろうか?
お金があっても彼らのように生きられない人たちの問題は、"お金"ではなく、自分の心に耳を澄ませて、自ら楽しんで生きる生き方を模索し、実践することなのではないだろうか?
彼らの生活を見ていて、今人生を楽しめていない人が、お金を持っても楽しめるようになるわけではないという事を確信した。
今お金をもっていなくて、あまり楽しくないと思っている人は、彼らから何か生きるヒントを受け取ることができるんではないだろうか?
(「頑張って働いた先に一体何が待っているのだろうか?」<-?? 「"お金を軸に物事を考える癖"はなぜついてしまったのだろうか?」 忙しくすぎていく毎日の中で、彼ら(私たちと違う人生のゲームをプレイしている彼ら)を思い出すと、このようなことがパッと頭に浮かんでくる。
(お金がなくなって、生活できなくなったものもいるが、資本主義というゲームを降りて、違うゲームを自ら選んでプレイしている人も中にはいるんだ。ということを知れた。) )
(オークランドが彼らに対して寛容で、気候も穏やかで暮らしやすそうに過ごしていたので、僕が彼らの生き方に対して何かを考えるきっかけになったのかもしれないが。)
[ "#"で言われている言葉を軸に書いていく。 つまり、こいつらはこのゲームで暮らしていくつもりなのか、 今まで無意識的に避けてきたけど、オークランドで楽しそうに暮らしているのを見て、彼らの生態が気になった。そして見ていたら、私たちと変わらない人間だった。(ちょっと上から。もっと同レベルで見てほしい。)
]
オークランドのホームレスホームレスの生態を表現する。 無意識的に目で追っている自分つまり"何か"に対して気になっていたんだろう。
そうだ、彼らは何より楽しそうなのだ。それが気になって見ていた。
トロントに住んでいた時、ホームレス劣悪
このような理由から、 もちろん、オークランドという地域が恵まれているからなのかも知れない。
でも、今楽しめていないのは自分が根本の原因であり、お金ではないというのをわからされた。
でも、もちろんオークランドの環境がホームレスにとって比較的恵まれている場所だからかも知れないが、、