ピンクデリ

僕は韓国人が経営する寿司屋をクビになった。そのお店の通りを10秒ほど歩いた場所にラーメン屋さんがあり「働かせてください」と言ったらいいよと言われたから、次の日からそのラーメン屋で働くことにした。

お客さんの対応がメインで英語でお客さんとやり取りする場面が多かったため、少し調子(テンション)を上げてからいく必要があったから、僕は毎回夕方から深夜のシフトで頭を覚醒させるためにカフェインが必要だった。

オークランドのカフェは3時半でほとんど閉まってしまうから、残っているのはデリか、スーパーのようなお店だった。

でも大丈夫。オークランドはコーヒーに手を抜かない。どんな場所でもバリスタマシンが設置されていて、コーヒーの品質は保証されている。

シティーのqueens stを港へ向かって通ると、シャネルなどの高級店が連なる一角にピンクの照明が店内をまぶしく照らしているデリがあった。そこだけ店内が異様に明るかったから目立っていた。

以前から夜中でもテッカテカに店内が照らされているため、通るたびに視線を向けていただけだったんだけど、カフェインの欲しさにそこへ入ってみることにした。

店内は飲み物、生活用品、パイ等が売られているいたって普通のデリだった。それにしても眩しい。。

入り口近くにあるレジの奥にバリスタマシンがあった。

「ラージラテ下さい」

そういうと、店主のおじさんが優しそうな笑顔を僕に向けて

「1ショット?2ショット?」って聞いてきたので

「2ショット」と言ってコーヒーが出来上がるのを待った。

そのおじさんは後ろ向きになってバリスタマシーンへ向かうと、シルバーのトンカチのような器具、先が丸くなっている中にくぼみがあり、以前使ったコーヒーの粉が入っていたのかそれを「ドン!ドン!ドン!」と大きな音で叩きつけてゴミ箱へ落として新しいコーヒーの粉を豆から砕いて入れるために、再びそれをバリスタマシーンにセットした。

このドンドンドンはオークランドで暮らしていると、街中でよく聞くようになる。

コーヒーが出来上がったら「ありがとう」と言って、ラーメン屋へ向かった。

その次の日もそこのピンクデリへ向かった。

おじいちゃんは僕のことを覚えていたらしく「お、またきたね!」と僕に言った。

コーヒーを作っている間に世間話をして、彼はエジプト人で、ここに30年近く住んでいることが分かった。

今年の夏は異常に雨が多く、これまで体験したことがない夏だったと彼は言った。

、、確かシェアハウスのオーナーのダニエルもそんなことを言ってたな。。

彼は髪の毛が少なく、非常に落ち着いた空気を醸し出していた。

その次の日も、またその次の日も僕はそのデリヘ行った。

エジプトのおっちゃんは、僕が日本人であることしか知らない。何も探ってこない。ただ夕方にコーヒーを頼んで、バリスタマシンを扱っている間、僕らは色々と話す。今日の天気、オークランドのこと、この前ジム帰りの僕を見たこと、、そんな関係だった。僕はその距離感というか、年齢や境遇に関してこちらから話さない限り探ってこない態度がとても心地よかった。

ここで僕と同年代の人と会うと、

「どこから来たの?」 「これからどこにバックパックしにくの?」 「なんでニュージーランドに来たの?」

などと人生に特別な意味や理由があるような言い方をする若者同士の情報交換が多くって、、

「ただ僕はここに生活をしに来たんだ」って本心で返すと、人によっては理解されないだろうし、面白みもない。だからそんなシチュエーションで僕は毎回適当な理由を付けてその場をやり過ごしていた。適当な理由だから何を言ったのかは思い出せないし、もうどうでも良い。

だからこのおっちゃんと出会うことは、カフェインをもらうことでもあったけど、それと同時に僕にとって一時的なホステルやニュージーランド生活で起こる喧騒からの退避場所でもあった。

たった5分でも、僕はちゃんとそのエジプトのおっちゃんからエネルギーもらうことができた。

ある日そのデリに行くと、今日はエジプトのおっちゃんが休みだった。

代わりに黒人のにーちゃんがレジに立っていた。店内を落ち着きなくうろちょろしていたり、店内のBGMもヒップホップに変わっていた。

試しに「ラージラテください」って言ってみると、

「ラージラテか。俺ここで働き始めたばっかでやり方わかんねえんだよ」って言われた。

でも僕はカフェインが欲しかったし、いつもエジプトのおっちゃんの素振りを見ていたから、見ようみまねで彼にマシンの使い方を教えてあげながらなんとかコーヒーができた。

僕に手渡す前に、「チョコレートパウダーをかけるか?」と言ってきたから、

「当たり前だろブロ」と笑って返して、チョコレートパウダーがかけられたラージラテが完成した。

テンションが上がったのか、最後に

「お金をお店に払う?お金を俺に払う?それともタダにする?」と僕に言ってきた。

一瞬"タダで"って言いそうになったが、エジプトのおっちゃんの顔が頭によぎり、僕は彼にカードを渡した。

ラーメン屋は結局3ヶ月でクビになって、それを機にエジプトおっちゃんのピンクデリには頻繁に行かなくなった。しかしオークランドは狭い。いやでもそこのデリを通らなければ行きたい場所にも辿り着けない。

だからジムの帰りにそこへ寄ってコーヒーをもらって帰ったり、そこでエジプトのおっちゃんと世間話をしたりして、ニュージーランド生活を続けていた。

もちろん「なんで夕方来なくなったのか?」なんて聞いてこなかった。